記事一覧

【インタビュー】21歳で借金2億円からのスタート。上間沖縄天ぷら店・上間園子が語る「マイナスからの逆転経営学」

はじめに

NPO法人Miraikanaiがお届けする「ミラクルモンスター」、通称「ミラモン」。今回のゲストは、沖縄県民のソウルフードとして愛される**「上間沖縄天ぷら店」の取締役社長、上間園子さん**です。

マイナス2億円からのスタートという壮絶な経営人生から、大手コンビニチェーンとの提携で直面した組織の危機、そしてこれからの夢まで、根掘り葉掘り伺いました。

ゲストプロフィール

上間 園子(うえま そのこ)

株式会社上間   取締役社長
1986年沖縄県うるま市生まれ

東京の会計専門学校に入学するも、一年で資格を全取得したため中退。
沖縄に戻り、家業の上間弁当天ぷら店をサポート。
22歳の時に役員に就任。
現場執行役員として6店舗展開のチームリーダーを担った。
数値判断が得意分野。
2017年U&I設立メンバーとして加入。

公式ホームページhttps://uemabento.com

Instagram
上間沖縄天ぷら店うるま市沖縄市
https://www.instagram.com/uematenpura/
上間沖縄天ぷら店那覇市場本通り店
https://www.instagram.com/uema_nahaichiba/

Facebook
https://www.facebook.com/


幼稚園から「売り子」?異色の幼少期と運命共同体

イ: 園子さん、まずは自己紹介をお願いします。

上間園子: はい。現在は沖縄本島中部を中心に「上間沖縄天ぷら店」を7店舗経営しています。また、別法人のU & I株式会社で、中小企業の経営者向けに財務や組織運営のコンサルティングも行っています。

イ: 園子さんのキャリアの原点について伺いたいのですが、子供の頃はどんなお子さんだったんですか?

上間園子: 実はかなりの内弁慶で、自分の世界が大好きな子供でした。両親が自営業で、父方は「初代・上間天ぷら」を営んでおり、母からは常に**「家族は運命共同体だ」**と言われて育ちました。そのため、幼稚園生の頃から菊の箱詰めをしたり、天ぷら店で売り子をしたりと、当たり前のように仕事をしていたんです。

イ: 幼稚園からレジに立っていたんですか!

上間園子: そうなんです。でも、ちゃんとお小遣いがもらえたのが楽しくて。当時は時給という概念ではなく「1回出たら3000円」といった形で、小学生にしてはかなりの金額を稼いで、ゲームセンターで大盤振る舞いしていました(笑)。


21歳で背負った「2億円の借金」からの逆転劇

イ: 社会人としてのスタートも、かなり衝撃的だったと伺いました。

上間園子: 私は就職活動をしたことがありません。東京の会計専門学校へ行きましたが、親への仕送りの負担を減らしたくて、2年間のカリキュラムを猛勉強して1年で資格を取って中退し、沖縄に戻りました。その後、21歳の時に実家が税務調査を受け、突然2億円の借金を背負うことになったんです

イ: 21歳で2億円……。想像を絶する状況ですね。

上間園子: 両親から「もう経営できないから引き継いでくれ」と言われ、兄と二人で「上間をなくしたくない」という一心で引き継ぎました。そこからは、100万円ほどしか残っていない現金をかき集めて法人化し、銀行から1000万円を借り入れるところから始めました。

イ: 具体的にどうやって立て直したのでしょうか?

上間園子: まずは徹底的な財務の仕組み化です。専門学校での知識を活かし、5万円のパソコンを買ってきてExcelで数字を管理しました。次に現場の無駄を省き、最後に**「10円の値上げ」**に踏み切りました。当時、月に30万個売れていた天ぷらを10円値上げすることで、月に300万円の利益を生み出し、5年かけてようやく会社を安定させることができたんです。


大手との提携で学んだ「組織とコミュニケーション」

イ: その後、ファミリーマートとの提携も大きな話題になりましたよね。

上間園子: 2018年のプロジェクトですね。当時は「知名度が上がる!」とワクワクしていましたが、いざ始まると300店舗以上の需要に対して製造が追いつかず、24時間揚げ続けても間に合わない地獄のような日々でした。スタッフは疲弊し、組織全体から笑顔が消え、不信感が募っていきました。

イ: 華やかなニュースの裏で、そんな危機があったとは。

上間園子: 「このままでは組織が壊れる」と思い、プライドを捨ててファミマさんに謝罪し、一旦プロジェクトをストップしてもらいました。そこから1年かけて全スタッフと対話し、仕組みを再構築してようやくリスタートできたんです。この経験から、経営において何より大切なのは「コミュニケーション」であると痛感しました。


沖縄天ぷらを「タコライス」に並ぶ郷土料理へ

イ: 園子さんのこれからの夢を教えてください。

上間園子: 夢は、沖縄天ぷらを「沖縄そば」や「タコライス」と並ぶ一つの郷土料理カテゴリーとして確立させることです。内地の天ぷらとは違う、おやつ感覚で気軽に食べる沖縄の文化を世界に発信していきたいですね。

イ: 最後に、自分の道に悩んでいる読者へメッセージをお願いします。

上間園子: **「悩んでいないで、とにかく行動しよう」**ということです。時間は有限です。リスクを恐れて何もしなければ、何も始まりません。まずは小さくてもいいから一歩を踏み出して、自分で自分の背中を押せるようになってほしいと思います。


あとがき: 2億円というマイナスからのスタートを「いい経験だった」と笑って話す園子さん。その強さの裏には、家族という支えと、失敗から逃げずに学び続ける姿勢がありました。上間沖縄天ぷら店の店頭で見かける天ぷら一つひとつに、そんな情熱が詰まっていると感じるインタビューでした。

NPO法人Miraikanaiでは、これからもユニークなキャリアを持つ「ミラクルモンスター」たちを応援していきます!

** analogy: 経営の立て直しは「霧の中の航海」** 21歳で2億円の借金を背負った当時の園子さんは、まるで羅針盤もないまま霧の中を航海する船長のような状態でした。しかし、Excelという「地図」を作り、10円の値上げという「帆」を張ることで、荒波を乗り越え、ついに安定した大陸へと辿り着いたのです。

関連記事

TOP