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【インタビュー】泥臭い葛藤の先に掴んだ等身大の言葉!挑戦し続けるレゲエアーティスト・U-MIO

番組概要

NPO法人Mirai Kanaiがお届けするラジオ番組「ミラクルモンスター(通称:ミラモン)」。ユニークな経歴や珍しいお仕事をしている方をゲストにお招きし、その道のりや考え方、夢中になっていることをとことん深掘りして、リスナーの皆さんと一緒に勝手に応援していく番組です。さまざまな大人の働き方や生き方を通して、子どもたちや若い世代へ未来の選択肢や夢のヒントを届けるキャリア教育も目的としています。

本日のゲスト紹介

世良田海生(U-MIO)さん 肩書き: レゲエアーティスト 愛知県名古屋市と地元の沖縄県石垣島を拠点に、年間を通して精力的な音楽活動を展開するレゲエアーティスト。クラブイベントから野外の沖縄フェスまで幅広く出演し、言葉とリズムで人と人との心を熱く繋ぐパフォーマンスを届けている。

リンク: U-MIO 公式

ゲストプロフィール

沖縄県石垣島出身。幼少期の病弱な体験や一人っ子ゆえの目立ちたがり精神から音楽に目覚め、高校でヒップホップ、沖縄大学進学後にレゲエと出会う。大学卒業後はデイサービスの介護士として現場を支えるも、音楽への情熱を抑えきれず単身内地へ。MCバトルでの優勝、挫折、長野での介護手伝い、港でのコンテナ作業など、泥臭い葛藤と波乱万丈のストーリーを経て、名古屋を拠点にアーティストとして再起。「挑戦と納得」を胸に、等身大の言葉と音楽というフィルターを通して、若者たちへ未来の選択肢と情熱を届け続けている。


インタビュー本編

給料前借り・最終便で大阪へ!幾多の挫折と仲間の支えで這い上がった劇的ターニングポイント

イ(インタビュアー):改めまして、本日のゲストはレゲエアーティストのU-MIOさんです!ウミオさん、よろしくお願いします!

世良田:よろしくお願いします!今お邪魔しています、世良田海生です。

イ:ウミオさんとは沖縄大学時代の先輩後輩という間柄でもありますけど、社会に出てからのキャリアの歩みが本当に劇的ですよね。最初は大学で福祉を専攻してデイサービスの介護士として働いていたところから、どうやって今のレゲエアーティストとして内地(本土)で勝負する流れになったのか、その最大のターニングポイントを聞かせてください。

U-MIO:一番大きな転機は、介護の仕事を辞めてアルバイトをしていた24歳の時ですね。当時、那覇の某買取屋さんでバイトをしていたんですけど、店内で偶然見かけたポスターで「MCバトル(当時は今でいうMCバトル)」の大会が大阪であるのを知ったんです。当時、沖縄のバトルでも何回か優勝していて「これは挑戦するしかないやつだ!」とスイッチが入ってしまって。

イ:買取屋さんのバイト中にポスターを見て(笑)!それでどうしたんですか?

U-MIO:もう居ても立ってもいられなくなって、会社に「バイト辞めます!」って伝えて、給料を前借りしてそのまま飛行機の最終便で大阪に飛んだんですよ。当時は売れたいというより「もっと歌いたい!もっと目立ちたい!」という衝動が強くて。自分の思いのままにわがままに動いていました。

イ:給料前借りで最終便って、完全に映画や漫画のノリじゃないですか!それで大阪のMCバトルはどうなったんですか?

U-MIO:それがありがたいことに、その大阪のMCバトルで優勝できたんですよ!

イ:ええっ!本当に勝っちゃったんですか!?

U-MIO:そうなんです(笑)。で、優勝賞金を手にして「これなら帰らなくていいじゃん」となって、沖縄の家に一度も戻らずにそのまま大阪に住み始めました。沖縄の家は友達に頼んで解約してもらって、その日出会った人に仕事を紹介してもらって、突然大阪生活がスタートしたんです。

イ:まさに超ド級のリアルラッパー人生ですね(笑)。でも、そこからスムーズにいくだけじゃなかったんですよね?

U-MIO:全然甘くなかったです。半年ほど大阪で働きながらバトルに出て、関西代表として東京のグランド大会に出る切符を掴んだんです。東京のグランド大会でも最初チャンピオンになって、「俺は東京でもやっていける!」って調子に乗っていたんですよ。そしたら、そのすぐ後の大きな大会でボロ負けしてしまって……。それまで負け知らずだった分、食らいすぎて心がポッキリ折れました。

イ:勢いに乗っていた分、挫折のショックは相当大きかったわけですね。

U-MIO:もう悔しすぎて夢が打ち砕かれて、その日出会った長野県出身の同級生の男の子の実家に一緒について行ったんです。で、その子のおばあちゃんが要介護の方だったんですけど、なぜか僕、長野でそのおばあちゃんの介護を一緒に手伝って、そこで心が癒されるという(笑)。相当メンタルをやられていたんだと思います。

イ:挫折のショックを長野でおばあちゃんの介護をして癒すって、ウミオさんらしくて温かいエピソードですね。

U-MIO:でも、一度地元沖縄に戻った時、飛び出した時に自分が中途半端にしてきたことや、どれだけ多くの人に迷惑をかけて助けられていたかに気づいたんです。「申し訳ない」という気持ちと「本当にありがとう」という感謝がこみ上げてきました。それから半年間、沖縄本島で大学の同級生に紹介してもらった港のコンテナ積み下ろしの荒仕事に打ち込みました。

イ:コンテナの積み下ろし!荒波にもまれながら自分を見つめ直していたんですね。

U-MIO:毎日泥まみれで働いていたんですけど、その現場の仲間たちが「お前、歌わんばだろ!かまして来い!」って背中を押してくれたんです。ちょうどそのタイミングで、大阪や東京に行っていた頃に出会った名古屋のレゲエチーム「BANTY FOOT」のJUNさんから、毎日のように「もう一度名古屋で挑戦しないか」って電話をもらっていて。

イ:熱い仲間と先輩からのラブコールが重なったんですね!

U-MIO:はい。増してお金も全くなくて。そしたら、コンテナで一緒に汗を流していた沖大の同級生たちが「金ないだろ」ってみんなでお金を出し合って助けてくれたんですよ。その温かい気持ちを背負って、「ラストチャンスをかけてくる」と決意して名古屋へ飛びました。あの泥臭い時期と仲間の支えがあったからこそ、今の僕があります。


石垣島での目立ちたがり屋な幼少期から、ターンテーブルとの出会い・沖縄大学でのレゲエ覚醒へ

イ:港の仲間がお金を出し合って送り出してくれたなんて、まるで少年漫画のような熱い友情ですね。そもそも、ウミオさんが音楽に目覚めた原点はどこにあったんですか?

U-MIO:僕は石垣島出身なんですけど、一人っ子だったんですよ。だから母親から「兄弟がいないぶん、友達をたくさん作りなさい」って口酸っぱく言われて育ちました。幼少期は体が弱くて内地と石垣を行ったり来たりしていた時期もあったので、島の子どもたちの中でどう友達を作ればいいかわからなくて、「とにかく目立とう!」と思ったのが原点ですね。

イ:母親の「友達を作りなさい」という言葉が目立ちたがり屋の根っこになったわけですね。中高生の頃はどう過ごしていたんですか?

U-MIO:高校1年の頃、石垣島ではブレイクダンスやバンドが流行っていたんですけど、当時は島にターンテーブルなんて1台もなかったんですよ。だから同級生とお金を出し合って内地から機材を注文して送ってもらいました。それでミクスチャーバンドや『池袋ウエストゲートパーク(IWGP)』の真似をしながらレコードを聴き始めて、ヒップホップから音楽をスタートさせたんです。先輩たちはバンドばかりだったので、僕らが島でヒップホップをやり始めた走りでしたね。

イ:自分たちで機材を取り寄せて新しいカルチャーを島に持ち込んだんですね!そこからどうやってレゲエと出会ったんですか?

U-MIO:高校を卒業して那覇の沖縄大学に進学したんですけど、そこで出会った大学の先輩たちがレゲエバンド「琉球大王(りゅうらん)」をやっていたんです。まさにイさんもよく知っている先輩たちですよ(笑)。

イ:出た、琉球大王(笑)!大学の部室で爆竹鳴らしたり室内で30連発の花火打ち上げたりしていた無茶苦茶な先輩たちですね!

U-MIO:そうそう(笑)!その先輩たちのレゲエバンドに1年生の時にツインボーカル風のMCとしてフィーチャリングで参加させてもらって、テレビの音楽番組に出たりしたんです。で、その流れで「ジャパンレゲエフェスタ」という大きなイベントでバックバンドをやらせてもらう機会があって、その時サポートしたアーティストが沖縄レゲエ界の巨星「U-DOU & PLATY(ユーアンドプラティ)」さんだったんです。

イ:U-DOU & PLATYさん!沖縄のレゲエシーンを牽引してきた超重要アーティストじゃないですか!

U-MIO:U-DOU & PLATYさんの圧倒的なステージ、楽屋やスタジオの熱気を間近で見せてもらって、「うわ、レゲエってこんなに面白いんだ!」と雷が落ちたような衝撃を受けました。そこから本格的に真似をし始めて、レゲエディージェー(DJ/MC)としての道が拓けていきました。

イ:ちなみに大学卒業後、一度デイサービスで介護士として働いていた経験も、今のウミオさんの人間性に大きく影響を与えていますよね?

U-MIO:めちゃくちゃ大きいです。大学で福祉を専攻して社会福祉主事の資格を取って、卒業後はデイサービスで介護士として夜勤も昼勤もガッツリ入っていました。現場のオジィやオバァたちから沖縄の歴史や生き方をたくさん学びましたし、お年寄り一人ひとりと深く向き合う中で、人と心を通わせるコミュニケーション能力が鍛えられました。資格の一歩手前で現場を離れることにはなりましたが、あの介護現場で培った「人に対する温かさやリスペクト」は、僕の音楽活動の強固な土台になっています。


1対1のライブで生まれる一期一会の熱量!「行逢えば兄弟」の精神で繋がる音楽と人の輪

イ:介護の現場で培ったコミュニケーション能力や人間味が、ウミオさんのライブパフォーマンスや人脈の広さにそのまま生きているんですね。現在、ウミオさんがレゲエアーティストとして「たまらなく面白い!」と感じる瞬間や、一番のやりがいは何ですか?

U-MIO:一番のやりがいは、ライブ会場で生まれる一期一会の出会いや再会、そしてそこからどんどん広がっていく深みのある人の繋がりですね。「◯◯さんから噂を聞いて来ました」「◯◯さんに誘われてライブに来ました」って、自分の音楽をきっかけに人と人が繋がっていく瞬間を目の当たりにすると、本当に感動します。沖縄には「行逢えば兄弟(イチャリバチョーデー=一度会えば皆兄弟)」という言葉がありますけど、「人の繋がりは絶対に腐らない」ということをリアルタイムで実感できるのが最大の醍醐味です。

イ:まさに言葉通り「行逢えば兄弟」ですね!ウミオさんのライブは現場の一体感や温かさが本当にすごいですもんね。

U-MIO:ありがとうございます。あと、音楽制作や現場の空気作りでも面白い発見がたくさんあって。僕らが「絶対これが看板曲になる!」と自信満々で作ったA面の曲よりも、意外とB面にサラッと入れた曲の方がお客さんにめちゃくちゃ刺さったりするんですよ(笑)。

イ:それ、音楽あるあるですね(笑)!

U-MIO:そうなんです(笑)。楽曲の良さだけじゃなくて、現場での見せ方や空気の持っていき方次第で会場の爆発力が全然変わる。その現場での駆け引きや化学反応もたまらなく面白いですね。

イ:ウミオさんは個人のライブ活動だけでなく、一般の方からのスペシャルな楽曲制作の依頼なんかも受けているんですよね?

U-MIO:そうですね!レゲエのカルチャーでは「ダブ(ダブプレート=既存の曲の歌詞を替えて特別に録り直す音源)」という文化があるんですけど、同業のDJからだけじゃなく、一般のお客さんからも依頼が来るんですよ。「結婚式で新郎新婦の名前を入れた特別な歌詞で歌ってほしい」「子どもが生まれたので、20歳になるまで残せるように名前を入れた誕生記念ソングを作ってほしい」とか。

イ:ええっ!結婚式や子どもの誕生記念のダブプレートですか!? それは一生モノの宝物になりますね!

U-MIO:そう言っていただけると本当に嬉しいです。こうして1対1で誰かの人生の節目に音楽で寄り添えるのも、この仕事ならではの喜びですね。

イ:さらにウミオさんは、ご自身で主催するイベントでも素晴らしい取り組みをされていますよね。

U-MIO:僕自身が主催するイベントでは、子どもたちの入場を無料にしているんです。アーティストとお客さんという垣根を取り払って、家族みんなで音楽を楽しめる空間を作りたいと思っていて。「人は一人じゃないんだ」「こんな風に自由に表現していいんだ」と感じられる居場所を、音楽というフィルターを通して作り続けていきたいですね。


客が引いていく怖さとジェットコースターのような葛藤!コロナ禍で開けた野外フェスという新境界

イ:素晴らしい取り組みですね。一方で、華やかなステージの裏側にはプロとしての大変さや泥臭い葛藤もあると思います。これまでで一番キツかった経験や、プロならではの難しさについて教えてください。

U-MIO:一番キツいのは、ライブの現場で客席にたくさん人がいるのに、自分の歌が全く響いていないと感じる瞬間ですね。豪華なアーティストが並ぶイベントでステージに立った時、目の前でお客さんがスーッと引いていく光景を見た時は、もう精神的にめちゃくちゃ食らいますし、足元が崩れ落ちるような恐怖を感じます。

イ:目の前でお客さんが引いていく瞬間……考えただけでも胃が痛くなるような恐怖ですね。

U-MIO:本当にジェットコースターに乗っているような感覚ですよ(笑)。1曲目が良くても2曲目が受ける保証はどこにもない。プロとして100点満点の明確な基準がない世界だからこそ、常に自分と向き合い続けなきゃいけない苦しさがあります。ただ、そのアウェイな状況で不意に自分の中の火がメラメラと燃え上がって、パフォーマンスで引き戻してお客さんの心を掴めた瞬間は、何物にも代えがたい最大限の快感に変わるんです。

イ:どん底の恐怖から一転して最高の快感へ!まさに魂の削り合いですね。それから、コロナ禍という大きな壁もアーティストとして大きな転機になったそうですね?

U-MIO:コロナ禍は本当に大きな壁でしたね。すべてのライブ仕事が消えて、最初はスタジオを借りてYouTubeで一発撮りライブを配信したり、試行錯誤していたんです。でも、どれだけ配信をやっても「やっぱりアーティストは、現場で生の人と向き合って揉まれないと成長できない」と痛感しました。そんな時にオファーをもらったのが、屋外のビアガーデンや昼間の野外イベントだったんです。

イ:コロナ禍で密室のクラブが全滅する中、屋外のイベントに活路を見出したわけですね。

U-MIO:実はそれまで、僕の中にちょっとしたプライドというか偏見があったんです。「沖縄出身のアーティストが、本土の沖縄フェスや昼の祭りに出て『沖縄』を前面に押し出して歌うのって、自分の純粋な実力じゃないアドバンテージを使っているみたいでダサいんじゃないか」って、どこかで避けていた部分があったんですよ。

イ:自分の実力ではなく「沖縄ブランド」で評価されるのが嫌だったという葛藤ですね。

U-MIO:そうです。でも、コロナ禍で「とにかく歌いたい!」という衝動が勝って、昼のビアガーデンや野外フェス(大阪の豊中フェスや各種沖縄祭りなど)のステージに飛び込んでみたんです。そしたら、普段クラブに来ないような家族連れやお年寄りが目の前にいて、出番も一番バッターだったりする。その中で「どうすればこの人たちを楽しませられるか?」と曲順や見せ方を工夫するプロセスが、めちゃくちゃ楽しかったんですよ!

イ:かつてのこだわりを捨てて飛び込んだ場所で、新しい表現の扉が開いたんですね!

U-MIO:まさにそうでした。野外フェスで揉まれたことで、パフォーマンスの幅も曲作りの視野も劇的に広がりました。「育ってきたクラブのカルチャーも大事にしながら、野外の大きなフェスでもアグレッシブにお客さんをロックする」。自分のブランディングが確立された大きな転換期になりましたね。


背伸びしない等身大の言葉とイントネーション!「挑戦と納得」を刻んだ母の教えとレゲエの美学

イ:葛藤を乗り越えて表現者として一皮剥けたウミオさんですが、音楽や生き方において最も大切にしているモットーや価値観は何ですか?

U-MIO:ベタかもしれないですが、「挑戦と納得」、そして「背伸びをしない等身大の言葉」ですね。言葉選びも飾らないですし、喋り方も歌い方も、石垣島と那覇が混ざり合った自分の素のイントネーションや言葉遣いをそのまま出すように意識しています。

イ:たしかに、ウミオさんの歌詞やトークって一切の飾りがなくて、聴いている人の心にダイレクトに届きますよね。その生き方や価値観に影響を与えた人物や出来事はありますか?

U-MIO:一番のベースになっているのは、やっぱり母親の言葉ですね。最初にも話しましたけど、「一人っ子だから友達をたくさん作りなさい」という母の言葉が、僕の人間関係や生き方のすべての軸になっています。

イ:お母様のそのひとことが、全国に熱い仲間を作るウミオさんの原動力になっているのは素晴らしいですね。

U-MIO:それと音楽的なルーツで言えば、やっぱり「U-DOU & PLATY」のお二人ですね。お二人はそれぞれ全く違う性格や雰囲気を持っているんですけど、自分たちの好きなスタイル(沖縄の方言や内輪口、独自の美学)を徹底的に突き詰めて、それを内地でも当たり前に流れる「スタンダード」にしてしまった。自分たちの軸をぶらさずにカルチャーを創り上げたその佇まいと格好良さには、今でも心から影響を受けていますし、迷った時にはいつもお二人の姿を思い返しますね。

イ:沖縄のアイデンティティを誇りに持ちながら全国で勝負する姿勢は、まさにお二人から受け継いだ魂ですね。かつては「石垣の悪ガキ」なんて呼ばれていた時期もあったウミオさんですが(笑)、今では後輩たちからも深く慕われていますよね。

U-MIO:いやいや、悪ガキ時代の印象が強すぎて、今でも過去を知る人からは「ウミオはバチバチで怖かった」とか言われますけどね(笑)。でも、年齢を重ねるごとに棘も丸くなって、純粋に沖縄や地元のことがどんどん好きになっていきました。背伸びをする必要がなくなったんだと思います。


朝6時の100kmランからボクシング事件まで!? 音楽というフィルターで挑む新しい居場所づくり

イ:ウミオさんの人間的な深みが伝わってきます。ところで、レゲエアーティストとしての日常ってどんなルーティンで過ごしているのか気になります。ウミオさんのストイックな1日の過ごし方を教えてください!

U-MIO:僕の朝は早くて、毎日だいたい朝5時か6時には目が覚めるんですよ。で、起きたらまず走ります。今でも月に100km以上は走っていますね。

イ:月100km!? レゲエアーティストのルーティンとは思えないストイックさですね!なぜそんなに走るようになったんですか?

U-MIO:名古屋に来た当時、実はかなり太っていたんですよ(笑)。それで体を絞るためにウォーキングから始めて、走り始めたら止まらなくなってしまって。タバコもやめましたし、走ることで体調はもちろん、思考やアイデアもすごくクリアになるんです。曲作りや人間関係で悩んだ時も、走ると全部すっきり整理されるんですよね。

イ:走ることでメンタルもコンディションも整えているんですね。以前、ボクシングにもめちゃくちゃハマっていた時期がありましたよね?

U-MIO:ありました(笑)!ボクシングジムに通い詰めていたら会長にすごく気に入られて、「お前、プロになれ!プロテストを受けろ!」って連日熱血指導されたんです。僕もその気になってハードな練習に耐えていたんですけど、ある日会長が僕の年齢を全然勘違いしていることに気づいて、「ごめんウミオ、プロテスト受けられる年齢超えてたわ!」って(笑)。

イ:会長の勘違いでプロボクサー並みに追い込まれていたんですか(笑)!爆笑エピソードですね!

U-MIO:死ぬ気でトレーニングしていたのにズコーッてなりましたよ(笑)。でも、そのおかげで体もメンタルも徹底的に鍛えられましたね。

イ:そんな日常のストイックな努力の裏で、実際の楽曲制作はどのように進めているんですか?

U-MIO:トラック(音源)をもらって、そこに宇宙語みたいな適当なメロディを乗せてから言葉を当てはめていくパターンもあれば、ノートに書いた詩の言葉足らずや字余りを調整してメロディを乗せるパターンもあります。煮詰まった時はあえて作業をやめて、映画を観たり外に出たりしてインプットに充てますね。現在はシングルだけでなく、しっかりとテーマをまとめたアルバムやEPのリリースに向けて、複数曲を同時並行で制作中です。

イ:アルバムの完成が本当に楽しみです!今後、アーティストとして新しく挑戦したい夢や目標は何ですか?

U-MIO:音楽を単なる「曲の発表」で終わらせるのではなく、「音楽というフィルター」を通して新しい挑戦や居場所作りをしていきたいです。先ほど話した子ども無料のイベントもそうですけど、人と人とが温かく繋がれる場所、誰もが孤立せずに挑戦できる環境を作っていきたいですね。

イ:その夢に向かって、日頃から意識している行動指針はありますか?

U-MIO:とにかく「やったことがないこと」「自分が嫌だな、面倒だなと思うこと」をあえて先に選択して実行するようにしています。逃げずにやったことがない方に飛び込んだ方が、結果的に自分の世界や可能性が大きく広がることを経験上知っているからです。これからも自分自身の感情に素直に、がむしゃらに突き進んでいきたいですね。


「自分にわがままに生きろ!」後悔をポジティブなエネルギーに変えるメッセージとラジオ発のコラボ約束!
イ:最高のコラボ構想まで飛び出しましたが、最後に、このラジオや書籍に触れている子どもたち、そして自分の進む道に悩み葛藤している若い世代に向けて、ウミオさんからのメッセージをお願いします!
世良田:メッセージはすごくシンプルです。「自分にわがままに、思うままに選んで、挑戦してほしい」ということです。世間体や誰かの目に合わせるんじゃなくて、自分の心に素直になって一歩を踏み出してほしいですね。
イ:「自分にわがままに」!失敗や後悔を恐れて一歩を踏み出せない若者も多いと思いますが、後悔についてはどう考えたらいいでしょうか?
世良田:僕は「後悔」という言葉をネガティブに捉える必要はないと思っています。後悔したくないと思うからこそ、「じゃあ後悔しないために今どう行動するか?」と考えられますよね。そう考えると、後悔という感情は自分を未来へ押し出してくれる「ポジティブな後押し」になるんです。物事の側面を変えて捉える思考の転換ができれば、人生はもっと面白く、自由になりますよ。
イ:後悔をポジティブなエネルギーに変える!幾多の挫折と失敗を乗り越えてきたウミオさんだからこそ、言葉の重みが違いますね。最後に、ウミオさんの活動をチェックできる告知をお願いします!
世良田:今後のライブ情報や最新曲の告知は、主にU-MIO 公式InstagramやYouTubeで配信しています。「U-MIO」で検索していただければすぐに出てきますので、ぜひフォローして作品やMVをチェックしてください!
イ:ありがとうございます!そして、今日こうして番組で熱く語り合えた記念として……「石垣島のウィルスミス」ことウミオさん、いつか絶対に僕らと公式コラボ作品を作りましょうね!
世良田:ハハハ(笑)!久しぶりにその異名出ましたね!でも本当に、コラボぜひ実現させましょう!約束します!
イ:やった!言いましたね!? これでラジオの電波とテキストにバッチリ「コラボの約束」の証拠が残りましたからね(笑)!三年以内には絶対に形にしてリスナーの皆さんに届けます!
世良田:三年も待ってくれるんですか(笑)!バッチリ受け止めたので、いつでも声かけてください!本当にやりましょう!
イ:ありがとうございます!本日のゲストは、レゲエアーティストの世良田海生(U-MIO)さんでした!ウミオさん、本当にありがとうございました!
世良田:ありがとうございました!

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