番組概要
NPO法人Mirai Kanaiがお届けするラジオ番組「ミラクルモンスター(通称:ミラモン)」。ユニークな経歴や珍しいお仕事をしている方をゲストにお招きし、その道のりや考え方、夢中になっていることをとことん深掘りして、リスナーの皆さんと一緒に勝手に応援していく番組です。さまざまな大人の働き方や生き方を通して、子どもたちや若い世代へ未来の選択肢や夢のヒントを届けるキャリア教育も目的としています。
本日のゲスト紹介
あやぱんださん 肩書き: ダンサー / ダンス講師 / ダンス振付師 / MC / 海豚(うみぶた)アンバサダー 沖縄県うるま市にて、HipHopダンススクール「宮里公民館キッズダンスクラブ」と「前原公民館キッズチアサークル」の2つのスクール・サークルを主宰。年間約20本のイベントに出演するほか、本格的にプロを目指す子どもたちと「あやぱんだ&うるまキッズダンサーズ」を結成し、アーティストのバックダンサー出演などを通して次世代の育成とキャリア教育に尽力されています。
リンク:
ゲストプロフィール
神奈川県出身。小学3年生の時に観たミュージカルに深く感動しエンターテインメントの世界へ。多忙なダンサー生活の中で背中に大怪我を負い、車椅子生活を経験したことを機に2021年沖縄県うるま市へ移住。現在は地域に根ざした2つのキッズダンススクールを主宰する傍ら、「あやぱんだ&うるまキッズダンサーズ」として子どもたちと共に数々のアーティストのバックダンサーを務める。「ライバルは昨日の自分」をモットーに、ダンス技術のみならず仕事への向き合い方や人間的成長を伝えるキャリア教育を実践。企業CM出演や地域イベントでの活躍を目指し、情熱を持って挑戦を続けている。
インタビュー本編
大怪我を越えて沖縄へ!「あやぱんだ」誕生の秘話とキャリアの原点
イ(インタビュアー):本日のゲストは、ダンサー・ダンス講師・振付師として活躍されているあやぱんださんです!よろしくお願いいたします。まず「あやぱんだ」という印象的で可愛らしいお名前ですが、どのようなきっかけで名付けられたのですか?
あやぱんだ:よろしくお願いします!実はこれ、本名が「あや」で、元々のあだ名が「あやぱん」だったんです。内地でフリーのダンサーとして活動を始めた頃、テイラー・スウィフトの『Shake It Off』などで知られる「トワークダンス」というお尻を情熱的に動かすジャンルのダンスに出会いました。私、昔から自分の大きなお尻がすごくコンプレックスだったんですよ。
イ:えっ!ダンサーとしてスタイル抜群のあやぱんださんにコンプレックスがあったなんて意外です。
あやぱんだ:本当なんです!でもある時「お尻がタレパンダみたいだよね」って言われて(笑)。普通なら傷つく言葉かもしれないんですけど、トワークダンスに出会って「このコンプレックスを強みに変えよう!」と思えたんです。「あやぱん」と「タレパンダ」をかけ合わせて「あやぱんだ」に改名したら、長年のコンプレックスが見事に解消されました!最近はさらにパワーアップして、芸名を「あやぱんだ!」とびっくりマーク付きにしています(笑)。
イ:コンプレックスを独自の魅力とエネルギーに転換されたのですね!元々は神奈川県や東京で精力的に活動されていたそうですが、沖縄県うるま市へ移住された背景にはどのようなドラマがあったのでしょうか?
あやぱんだ:元々は神奈川県横浜市の緑区というのどかなベッドタウン育ちで、仕事の時は渋谷や新宿へ通う生活を送っていました。移住の直接のきっかけは、約5年前の1月に負った「背中の大怪我」なんです。当時は週に19クラスものレッスンを抱え、さらにステージ出演や振付の仕事がぎっしり詰まっていて、体が疲弊しきっていました。そんな極寒の日に、キッズチアの髪飾りを3時間ぶっ通しで同じ姿勢で作っていたら、冷えと疲労で背中の筋肉が3箇所同時に肉離れを起こしてしまって……。そのまま2ヶ月間の車椅子生活になってしまったんです。
イ:2ヶ月の車椅子生活……!ダンサーにとって背中の激痛と動けない恐怖は想像を絶するものがありますね。
あやぱんだ:本当に絶望的でした。それでも生徒やスタジオに迷惑をかけたくなくて、車押しの状態で無理やりレッスンに行ってしまったんです。当然悪化しますよね。その時に周りの大人から「普通の人は、どんなに誰かが困るとしても、こんな大怪我をしたら『できません』って断るんだよ。そのマインドから変えないと命に関わるし、温かい土地に行かないと再発するよ」と強く諭されました。横浜や東京から出たことがなかった私ですが、「同じ環境にいたら甘えてマインドを変えられない。人生を変えるなら今しかない!」と決意し、19クラスすべてを頼れる講師仲間に引き継いで、2021年のコロナ禍真っ只中に沖縄へ飛び立ちました。
イ:そこまでの葛藤と覚悟があったのですね。沖縄の中でも、なぜ「うるま市」を選ばれたのですか?
あやぱんだ:移住先を探す中で、うるま市が文化や芸術活動に対して自治体として助成金を出し、表現者を推進している街だと知ったんです。「文化を大切にする街でダンスと共に生きていきたい」と直感で決めました。実際に暮らしてみると、これまで知っていたつもりだった日本の文化や土地ごとの人の温かさ、地域が抱える課題の違いに衝撃を受けました。「自分は何も知らないアマちゃんだったな」と痛感しましたし、この土地と人々に触れたことで、人間として少し大人になれた気がしています。
ミュージカルの感動からダンスの世界へ!知られざる学生時代と下積み経験
イ(インタビュアー):幼少期や学生時代は、どのようなお子さんだったのですか?エンターテインメントの世界を目指した原点を教えてください。
あやぱんだ:元々は「歌やダンスがなんとなく好き」というレベルだったのですが、小学3年生の時にプロの子役と大人が出演するミュージカルを観劇したことが人生最大の衝撃でした。観客席の私と同じくらいの年齢の子どもたちが、舞台の上で歌い、踊り、客席の大人たちを大感動させて涙させたり笑わせたりしていたんです。その光景を目の当たりにして、「私のことを何も知らない遠くの人をこんなにも感動させられるなんてすごい!自分も誰かに元気を届けたり、人生を振り返ってもらえるような表現者になりたい!」と強く心に誓いました。そこから『アニー』のオーディションを受けたり、ベッキーさんが出演されるような本格的なミュージカルに子役として出演させていただくなど、芸能活動と学生生活の二足のわらじが始まりました。
イ:小学生の頃から本格的にプロの舞台へ挑戦されていたのですね!そこからミュージカルではなく「ダンサー」の道へとシフトしていったのはなぜですか?
あやぱんだ:ミュージカルのオーディションを勝ち抜くためには、ダンスのスキルが絶対に不可欠だったんです。そのためクラシックバレエ、ジャズ、ヒップホップなどあらゆるジャンルのダンスを必死に磨いていくうちに、ダンスそのものの奥深さと楽しさに魅了されていきました。「私はダンスで生きていきたい!」と夢が変化し、本格的にダンサーを目指すようになりました。
イ:なるほど!社会に出て最初に経験されたお仕事と、それが現在の活動にどう繋がっているのかも気になります。
あやぱんだ:高校時代にチアリーディング部に所属していたのですが、その部活の友人に誘われて、大学時代に「結婚式場のホールスタッフ」のアルバイトを始めました。そこはフレンチレストランも併設された格式高い会場で、料理の配膳だけでなく、フレンチのマナーや料理の説明、披露宴のプログラム進行サポートまで任される現場だったんです。「全く知らない世界を覗いてみたい!」という好奇心から飛び込みました。
イ:ブライダルの現場ですか!一見ダンスとは異なる分野に見えますが、現在の活動に生きている部分はありますか?
あやぱんだ:大アリなんです!結婚式は新郎新婦やご親族にとって人生最大のハッピーなイベントですよね。スタッフ全員が一丸となって、その素晴らしい空間と時間を盛り上げ、サポートしていきます。今、私がダンサーとしてステージに立ったり、キッズチームを演出してイベントを盛り上げたりするのも根底の想いは全く同じです。「関わるすべての人をハッピーにする空間を作り上げる」という原点は、まさにあの結婚式場での経験で養われました。
イ:素晴らしい共通点ですね!その後、順風満帆に見えるキャリアですが、途中で大きな壁や葛藤もあったのでしょうか?
あやぱんだ:実は事務所からフリーになった際、一度ダンスの指導も芸能活動も一切バッサリやめて、約2年間全く踊らない時期があったんです。自分の道に迷い、「もうダンスの世界に戻ることはないのかな」と思っていました。そんな時、知り合いのダンス教室で妊婦の先生がいて「後任が見つからなくて本当に困っている」と相談されたんです。困っている人を放っておけなくて代講を引き受けたのですが、いざ子どもたちの前に立って指導した瞬間、「やっぱりダンスを教えるのがたまらなく好きだ!!」と魂が震えました。遠回りをしたからこそ、自分が本当にやりたいことに気づくことができました。
子どもたちの成長が最高の喜び!阿吽の呼吸で生み出すステージの感動
イ(インタビュアー):現在うるま市で主宰されている2つのスクールと、子どもたちとの情熱的な取り組みについてお聞かせください。
あやぱんだ:現在は、うるま市の宮里公民館で「宮里公民館キッズダンスクラブ(HipHop)」、前原公民館で「前原公民館キッズチアサークル」という2つのスクールを主宰しています。さらに、その教え子たちの中から「本気でダンスを仕事にしたい!」「プロの表現者になりたい!」という強い情熱を持った小学校5・6年生を中心としたメンバーを集め、「あやぱんだ&うるまキッズダンサーズ」を結成しました。県内アーティストさんや、紅白歌手の新浜レオンさんのステージなどでバックダンサーを務めさせていただいています。
イ:小学生でプロのバックダンサーとしてステージに立つなんて本格的ですね!現在のお仕事で「たまらなく面白い!」と感じる最高の瞬間ややりがいは何ですか?
あやぱんだ:バックダンサーのお仕事って、生ライブならではの突発的なアクシデントがつきものなんです。例えば、バンドさんの生演奏のニュアンスで曲のきっかけが変わったり、予定と違う音が出たりすることがあります。ステージの袖って右(下手)と左(上手)に分かれていて、大人の指導者はどちらか一方にしか立てません。当然、インカムなどの通信機器もないので、反対側の袖にいる子どもたちは完全に自分たちの力だけで判断しなければいけません。そんな局面で、私がいない反対側のチームの先頭の子が「先生ならここで出るはず!」「この音に合わせて出よう!」と瞬時に判断し、言葉を交わせない中で私と子どもたちが「阿吽(あうん)の呼吸」でバチッとステージへ飛び出し、最高のパフォーマンスを成功させた瞬間があるんです!その時の快感と興奮は、もう鳥肌が立つほど最高ですね!
イ:それは想像しただけで震えますね!指示を待つのではなく、子どもたちが現場で自立して判断できた瞬間ですね。
あやぱんだ:そうなんです!数々の過酷な練習や現場を踏んできたからこそ、「先生ならどうするか」「失敗をどうカバーするか」を自分の頭で考えて行動できた証拠です。子どもたちのその圧倒的な成長を目の当たりにできた時、「この子たちを指導してきて本当に良かった!」と心の底から爆発するような喜びを感じます。
イ:ダンスの技術だけでなく、日常の行動や人間的な変化も大きいのではないですか?
あやぱんだ:本当に大きいです!ダンスも習い事も初めてという子が多いのですが、本気でダンスに向き合うことで生活態度が一変します。練習時間を生み出すために「学校の宿題を早く終わらせる」「ご飯を早く食べる」といったタイムマネジメントを自ら行うようになり、精神的にも逞しく育っていきます。学校の先生から「ダンスを始めてから教室で自分から発言できるようになった」「保健室登校だった子が、みんなと練習したくて教室へ通えるようになった」というお話を聞くこともあって……。ダンスを通して子どもたちの人生そのものが良い方向へ変わっていく瞬間に立ち会えることが、私にとって何よりの報いです。
華やかな舞台の裏にある膨大な努力!「自分らしく」を育む指導のリアル
イ(インタビュアー):華やかなステージで輝く一方で、このお仕事ならではの大変さや乗り越えるべき壁についてもお聞かせください。
あやぱんだ:表舞台でライトを浴びて踊っている時間やレッスンの時間なんて、私のお仕事のほんの一部分に過ぎません。仕事の8割以上は「表からは見えない裏側の泥臭い作業」なんです。生徒一人ひとりの骨格や体の使い方、成長段階に合わせたステップの考案、使用する楽曲の選定、振付の作成(スクールの振付はすべて私が一からオリジナルで作っています)、イベント主催者様との綿密な打ち合わせ、そして地域公民館をお借りしているからこその地域ボランティアへの参加など、裏で膨大な時間と労力を注ぎ込んでいます。
イ:振付もレッスン設計もすべてあやぱんださんがお一人で一から作られているのですね!以前は週29クラスも持たれていたとのことですが、どれほどの作業量か想像を絶します。
あやぱんだ:当時はオンラインレッスン10本、対面19本で計29クラスでしたから、起きている間はずっと曲を聴いて振付を考えて踊り続けていましたね(笑)。でも、「エンターテインメントは夢を与える仕事」だからこそ、裏側での血の滲むような努力や苦労はあえて見せないのが美徳とされる部分もあります。だからこそ、その大変さが周囲に伝わらず、見えないところで配慮を欠いた話の進み方をされたりすると、すごく歯痒く悲しい気持ちになることもありますね。
イ:華やかな世界だからこその葛藤ですね。指導される中で、子どもたちの「揃える美しさ」と「個性の発揮」のバランスはどのように工夫されているのですか?
あやぱんだ:ダンスには全員で角度やタイミングを完璧に揃える「ユニゾン」の感動がある一方で、個々のアイデンティティを爆発させる面白さがあります。例えば同じ「ズッチャ、ズッチャ」というリズムでも、表の音を拾う子もいれば裏の重低音を拾う子もいる。揃える場面以外では不正解なんて一つもありません。「ダンス・イズ・フィーリング!あなたが感じたものがすべて正解。あなたはあなたのままでいいんだよ」と伝えるようにしています。
イ:完璧で情熱的な指導者のあやぱんださんですが、実はちょっとドジな一面もあると伺いました(笑)。
あやぱんだ:あはは!よくバレましたね(笑)。ステージの袖にある小さな段差で派手に派手に転んだり、衣装のスカートを踏んでずっこけたりすることは日常茶飯事です!でもそれを隠さず、子どもたちに「ほらね!衣装を着て練習しておいたから、本番で踏んだら危ないってわかったでしょ?先生を反面教師にしてね!」って大威張りに伝えています(笑)。完璧な姿だけじゃなくドジな失敗も見せることで、子どもたちも「先生も失敗するんだ、自分も失敗を恐れずに挑戦していいんだ」と安心して飛び込んできてくれます。
「ライバルは昨日の自分」!支え続けた一曲とオードリー・ヘップバーンの教え
イ(インタビュアー):あやぱんださんが仕事や人生を歩む上で、最も大切にしているモットーや価値観を教えてください。
あやぱんだ:私の絶対的なモットーは、**「ライバルは昨日の自分」**です。これは自分自身に毎日課している言葉でもありますし、スクールの子どもたちにも繰り返し伝えている大切なメッセージです。
イ:他人と比べて焦ったり落ち込んだりしがちな現代の子どもたちにとっても、心に深く刺さる言葉ですね。
あやぱんだ:キッズチーム内にソロのオーディション枠などがあると、どうしてもお友達を「ライバル」だと思って競い合ってしまいがちです。「選ばれなくて悔しい」「あの人ばかり褒められてズルい」とネガティブな感情が生まれるのは自然なことですし、思っていいんです。でも、そこで終わらせてほしくない。「悔しいからもっと練習しよう」「昨日の自分よりかっこよく踊れるようになろう」とベクトルを自分に向ければ、過去の自分を超えてポジティブに成長できます。周りではなく「昨日の自分」を超え続けることこそが、本当のスキルアップと人間的成長に繋がります。
イ:自分が挫折しそうになったり、未知の道を進む中で迷った時、立ち返る指針や支えになった音楽はありますか?
あやぱんだ:**leccaさんの『my measure』**という楽曲です。事務所をやめてフリーになり、周りに相談できる先輩もいなくて手探りで道を切り拓いていた苦しい時期、カラオケでこの曲を歌っては毎回号泣していました。
イ:『my measure』のどのような歌詞や想いに胸を打たれたのですか?
あやぱんだ:「近道はあったかもしれないけれど、自分には不器用でもこれしかできないから、この泥臭い道を歩んできた。先行する先輩がいなくても関係ない、自分が道を切り拓いて後から来る人の明かりになればいい」という魂の歌詞があるんです。この曲を聴くたびに「誰も通っていない道なら自分が切り拓けばいい!自分が後輩たちの明かりになればいいんだ!」と胸の中に激しい炎が燃え上がり、何度倒れても立ち上がる勇気をもらいました。
イ:あやぱんださんの生き方そのものですね!ご自身の哲学や人物像に影響を与えた憧れの存在はいらっしゃいますか?
あやぱんだ:女優のオードリー・ヘップバーンさんです。『ローマの休日』などで世界的な大スターとなった彼女ですが、晩年はユニセフ親善大使としてアフリカなどの恵まれない地域へ自ら赴き、自分が生涯をかけて築き上げた知名度や財を惜しみなく注ぎ込んで子どもたちを支援する人生を歩まれました。一見完璧に見える彼女も実は容姿に強いコンプレックスを抱えていたことを知り、「完璧に見える人もみんな葛藤を抱えて生きている。私も彼女のように晩年は世界の子どもたちに温かい愛を還元できるような大人でありたい」と深く尊敬しています。
公民館から企業CMへ!挑戦し続ける姿で見せる未来への野望
イ(インタビュアー):ここからはあやぱんださんの未来について伺います。これから挑戦したいことや達成したい大きな目標や夢(未来への展望)を教えてください!
あやぱんだ:ダンスのスキルを教えることはもちろんですが、それ以上に「仕事への向き合い方」や「感謝の心」を子どもたちに伝えていきたいです。ステージ一つ立つにしても、音響機材を用意してくれる音響さん、イベントを立ち上げてくれた主催者様、協賛してくださる地域企業様など、無数の大人たちの協力と繋がりがあって初めて成立しています。そうした「人と人との繋がり」や仕事の裏側を学ばせることで、将来どんな職業に就いたとしても、周りをハッピーにできる前向きな大人に育ってほしいと願っています。そして、私自身の具体的な大きな「野望」としては、「あやぱんだ&うるまキッズダンサーズ」で大手企業様のテレビCMに出演することです!
イ:企業のテレビCM出演ですか!それは夢が広がる素晴らしい野望ですね!
あやぱんだ:何のツテもなく、沖縄の地域の公民館から始まった小さなキッズダンススクールの子どもたちが、厳しい練習や様々な現場を乗り越えて企業のCM出演まで登り詰めたら、「自分たちも努力すればあそこまでいけるんだ!」と多くの人たちの希望やモチベーションになると思うんです。私自身も「演者」として踊るだけでなく、企画やプロデュース、契約といった未開拓の領域へ常に挑戦し続け、子どもたちに「大人が本気で挑戦し続けるかっこいい背中」を見せていきたいです。
イ:地域に根ざした具体的な文化活動や、直近のイベントでの取り組みについても教えていただけますか?
あやぱんだ:うるま市教育委員会が制定した「海から豚がやってきた(海豚)」の記念日(9月27日)にちなみ、うるま市教育委員会公認の「海豚アンバサダー」に就任いたしました!名古トモキさんが作曲された公式テーマソングの振付を担当し、生徒たちと共にダンスパフォーマンスを通して沖縄の歴史と魅力を伝える活動を行っています。
イ:歴史ある伝統行事やフェスティバルでのパフォーマンスも決定しているそうですね!
あやぱんだ:はい!10月10日・11日に勝連城跡で開催される『第38回 獅子舞フェスティバル』の前夜祭に、「あやぱんだ&うるまキッズダンサーズ」の出演が決定いたしました!また、来年開催される「世界ウチナーンチュ大会」のテーマソングを通して、100万人で歌い踊るビッグプロジェクトなど、地域や文化をエンターテインメントの力で巻き込んでいく大きな挑戦にこれからもどんどん飛び込んでいきます!
迷ったら「ひたすら動く」!未来を担う若い世代と子どもたちへのメッセージ
イ(インタビュアー):自分の進む道に悩んでいたり、リスクや失敗が怖くて一歩を踏み出せずにいる若い世代や子どもたちへ、あやぱんださんから背中を押すメッセージをお願いします!
あやぱんだ:何かを始める時に「やってみたい!」と心がときめいた、あの最初の純粋な気持ちや過去の自分をどうか大切にしてあげてください。もし途中で壁にぶつかったり、上手くいかなくて悩んだりした時は、**「ひたすら動く」**ことが唯一の正解だと私は思っています!
イ:部屋で悩んで待つのではなく「ひたすら動く」ですね!その行動の重要性について、ぜひ詳しく教えてください。
あやぱんだ:じっと待っていても不安が膨らむだけですが、ガムシャラに動いて行動を起こすと、必ず新しい景色や発見が見えてきます。動いた結果、「あ、やっぱりこの道じゃなかった!別のことがやりたい!」と気づいて方向転換したとしても、それは「諦めた」のではなく「より素晴らしい自分に合うものを見つけた」という素晴らしい前進なんです。誰かと会って話をするだけでも自分の考えが整理されます。不器用でもいいから、まずは一歩動いてみてください!
イ:本日のインタビュー全体を通して、リスナーや読者に改めて一番伝えたい想いは何ですか?
あやぱんだ:これからの未来や世界を作っていくのは、今生きている子どもたちや若い世代です。私たちが年老いた時、次の世代が生き生きと活躍する素敵な世界であってほしいですし、「あの時指導してくれてありがとうねー!」と笑顔で老後を迎えたいじゃないですか(笑)。未来を担う子どもたちが温かく前向きに生きられる場所を、地域や世界の中に一つでも多く増やしていきたい。ぜひ大人の皆さんも、子どもたちの未来を一緒に応援し、温かい世界を作っていきましょう!
イ:胸が熱くなる素晴らしいお話を本当にありがとうございました!最後に、直近のイベント告知やSNS情報をお願いいたします!
あやぱんだ:ありがとうございます!10月10日(前夜祭)・10月11日に、うるま市の世界遺産・勝連城跡にて『第38回 獅子舞フェスティバル』が開催されます(開場17:00 / 開演18:30)。ランタンが夜空に舞う幻想的なロケーションの中で、伝統の獅子舞演舞、ドリームシスターズさんのスペシャルライブ、そして私たち「あやぱんだ&うるまキッズダンサーズ」の情熱的なダンスパフォーマンスをお届けします!観覧チケットやランタンチケットはネットやうるま市公式ページからご購入いただけますので、ぜひ会場へ遊びに来てください!最新情報はあやぱんだ 公式Instagramで発信していますので、チェック&フォローをよろしくお願いします!
番組スポンサー募集のお知らせ
この番組「ミラクルモンスター」では、番組を一緒に応援してくださるスポンサー様(応援団)を大募集しております!ご興味のある方は、NPO法人Mirai KanaiのInstagramへ「スポンサー」とDMをお送りください。また、私たちの活動に興味を持ってくださった方は「NPO法人ミライカナイ」と検索して、ホームページやSNSをぜひチェックしてみてください。
