こんにちは。
NPO法人Mirai Kanai理事長のズケヤマセイラです。

6月23日。
沖縄が、静かに祈る日がやってきます。
「慰霊の日」
正午になると、島のあちこちでサイレンが鳴り響きます。
その音に合わせて、人々は手を止め、頭を垂れ、目を閉じます。
道行く人も、働く人も、ほんの一分間、同じ空の下で、同じ祈りを捧げる——
私はこの瞬間が、たまらなく好きで、たまらなく胸が締めつけられます。
でも、正直に言えば。
沖縄県外の方はもちろん、
この島で生まれ育った若い世代の中にも、
「慰霊の日って、何の日?」
「どうして沖縄だけ、お休みなの?」
そう感じている人が、確かにいます。
それを「知らないなんて」と責める気持ちは、私には少しもありません。
なぜなら、知らないということは、
それだけ長く、平和な時間が続いてきた証でもあるからです。
だからこそ今日は、あらためてお話ししたいのです。
この日の意味と、この島が背負ってきた記憶。
そして、私たちがこれから手渡していく未来のことを。
慰霊の日とは
慰霊の日は、1945年6月23日。
沖縄戦の組織的な戦闘が終わったとされる日に由来しています。
第二次世界大戦の末期、
日本国内で唯一、住民を巻き込んだ大規模な地上戦が、
この美しい島で行われました。
約3か月。
たった3か月の間に、
数えきれないほどの命が、この大地に還っていきました。
亡くなった方は、20万人を超えるとも言われています。
そのなかには、兵士だけではなく、
赤ちゃんを抱いたお母さんも、
おじいさんも、おばあさんも、
昨日まで友だちと遊んでいた子どもたちも、
たくさん、たくさん、含まれていました。
家族を失った人。
帰る家を失った人。
描いていた夢を、未来を、丸ごと奪われた人。
戦争は、ただ命を奪うだけではありません。
そこに生きた人の人生を壊し、
この島そのものに、深く消えない傷跡を刻みました。
慰霊の日は、その一人ひとりの「いのち」を追悼し、
二度と同じ悲しみを生まないと誓うために、定められた日なのです。
なぜ、沖縄だけにあるのか
沖縄戦は、日本で唯一、
これほど多くの住民が巻き込まれた地上戦でした。
逃げ場のない小さな島が、まるごと戦場になったのです。
海も、山も、ガマ(自然の洞窟)の暗闇の中まで
どこにも、安全な場所はありませんでした。
沖縄県民の、実に4人に1人が亡くなったと言われています。
4人に1人。
それは、今あなたの隣にいる大切な人を思い浮かべたとき、
その誰かが、もういないかもしれない
そういう数字なのです。
だからこの島は、この記憶を手放しません。
それは過去にとらわれるためではなく、
未来に、二度とこの悲しみを繰り返さないため。
忘れないことそのものが、私たちにできる祈りなのです。
平和は、当たり前ではない
私たちは今日も、
家族と「おはよう」を交わし、
友人と声をあげて笑い、
行きたい場所へ行き、
学びたいことを学ぶことができます。
けれど、それは決して当たり前ではありませんでした。
あの時代には、
明日を生きられる保証すら、どこにもなかったのです。
食べるものがない。
身を隠す場所もない。
愛する家族と、ある日突然、引き裂かれる。
それが、この島で本当にあった「日常」でした。
そう思うと、今日という何でもない一日が、
どれほどかけがえのないものか。
胸の奥から、静かに込み上げてくるものがあります。
平和は、誰かがつくるもの
「平和」と聞くと、
国と国との、遠い大きな問題のように感じるかもしれません。
でも、私はそうは思いません。
平和は、もっとずっと、身近なところから始まります。
相手の話を、最後まで聴くこと。
自分とちがう考えを、否定せずに認めること。
感情でぶつかるのではなく、言葉を尽くして対話すること。
困っている人に、そっと手を差し伸べること。
そんな小さな、一人ひとりの行いの積み重ねが、
やがて、戦争のない社会をつくっていくのだと、私は信じています。
平和は、空から降ってくるものではありません。
私たちの、毎日の選択の中にこそ、宿っているのです。
Mirai Kanaiが願う未来
私たちMirai Kanaiは、
「幸せな大人を増やす」という理念のもとで活動しています。
なぜ、大人なのか。
それは、幸せな大人が増えれば、
人に優しくなれるからです。
ちがいを、笑って受け入れられるからです。
弱った誰かを、支えられるからです。
そして幸せな大人の背中を見て育った子どもたちが、
また次の世代に、その優しさを手渡していく。
そのめぐりの先にこそ、
ほんとうの意味での平和な社会が生まれていくのだと、私は信じています。
慰霊の日は、過去の悲しみを忘れない日であると同時に、
私たちがこれから、どんな未来を描いていくのかを問いかける日でもあるのです。
最後に
私たちは、戦争を体験していません。
砲弾の音も、飢えの苦しみも、本当の意味では知りません。
だからこそ
学び続けること。
語り継いでいくこと。
そして、今ここにある平和に、心から感謝すること。
その一つひとつが、私たちの責任なのだと思います。
慰霊の日。
この島で散っていった、すべての「いのち」へ。
深い哀悼と、そして、ありったけの感謝を込めて。
あなたがたが必死につないでくれたこの平和を、
今度は、私たちが守り、次の世代へと手渡していきます。
平和は、誰かが与えてくれるものではありません。
私たち自身の手で、守り、つないでいくもの。
その小さな一歩を、今日という日から、また始めていきたいと思います。
NPO法人Mirai Kanai
理事長 ズケヤマセイラ
