番組概要
NPO法人Mirai Kanaiがお届けするラジオ番組「ミラクルモンスター(通称:ミラモン)」。ユニークな経歴や珍しいお仕事をしている方をゲストにお招きし、その道のりや考え方、夢中になっていることをとことん深掘りして、リスナーの皆さんと一緒に勝手に応援していく番組です。さまざまな大人の働き方や生き方を通して、子どもたちや若い世代へ未来の選択肢や夢のヒントを届けるキャリア教育も目的としています。

本日のゲスト紹介
池間千春(いけま ちはる)さん 肩書き: IKEMA LLC 代表 / 合同会社フリムーン船長 代表 / 合同会社池まぬ 代表 / バレーボール指導者 うるま市の海中道路や浜比嘉島、津堅島エリアでマリンスポーツ事業を手掛ける「ふりむん船長」。現在はマリン事業にとどまらず、清掃・設備管理事業や、ニライ地区(読谷・嘉手納・北谷)の中学生向け地域クラブバレーボールチーム「ニライOKINAWA volleyball School」での熱い指導活動をメインに展開されています。
ゲストプロフィール
宮古島市伊良部島(佐良浜)出身。漁師の父親の背中を見て育ち、小3で出合ったバレーボールに情熱を注ぎ、小・中・高・大でキャプテンを務め「春高バレー」出場や国体選手を経験。大学卒業後は実業団プレーヤーとして介護職に10年間従事するも、30代で一念発起。コロナ禍に人脈・資金ゼロでマリン事業を起業し、数々の苦難を乗り越えて多角化を達成。現在はマリン、施設管理、地域バレー指導を柱に「人の居場所づくり」に奔走。8年後に「海の近くに新しい形の学校を創る」という大きな夢に向かって挑戦を続けている。
インタビュー本編
【原点】伊良部島の「ジャイアン」がバレー一筋で開花するまで
イ(インタビュアー):本日のゲストは、合同会社フリムーン船長代表の池間千春さんです!千晴さん、よろしくお願いします!早速ですが、千晴さんの子ども時代や学生時代について詳しく教えていただけますか?どんなお子さんで、何に夢中になっていたのでしょうか?
池間:よろしくお願いします!そうですね、僕は宮古島市の伊良部島にある佐良浜(さらはま)という地域の出身なんです。親父やおじいが漁師で、子どもの頃は父親の背中を見ながら毎日海遊びばかりしていました。ただ、小学校低学年までは本当に手のつけられない「ジャイアン」みたいな存在でして……(笑)。地元ではトカゲを追いかけ回していたことから「ヤーマー」ってあだ名がついたり、同級生と殴り合いの喧嘩をして親が校長室に何度も呼び出されたり、相当な暴れん坊だったんですよ。
イ:えぇーっ!あの優しそうな千晴さんがジャイアン!?トカゲを追って「ヤーマー」と呼ばれて親が校長室に……相当パワフルな少年時代ですね(笑)。その有り余るエネルギーは、一体どこで変わっていったんですか?
池間:小学3年生、9歳の時に出会ったバレーボールですね。僕が育った佐良浜って本当にバレーボールが盛んな島で、小学校の部活もバレーとバスケしかなかったんです。先輩たちが沖縄県で一番になったり、兄貴や姉ちゃんもバレーをやっていたので、「これはもうバレーをやるしかないだろう」と。それでバレー部に入ったら、今まで暴れ回っていたジャイアンのエネルギーがすべてバレーボールに吸い込まれて集中したんですよ(笑)。
イ:地域の文化と環境がジャイアンを熱血バレー少年に変えたんですね!そこから学生時代はずっとバレー一筋だったのでしょうか?
池間:はい!もう小学校から中学校、伊良部高校、そして沖縄国際大学(福祉科)まで、ずっとバレーボール一筋でキャプテンを務めさせてもらいました。特に高校時代は思い出深くて、伊良部高校のバレー部は1〜3年生全員合わせても20名くらいしかいなかったんです。当時は伊良部大橋もなかったので完全に離島で、練習相手も島にはいない状態でした。
イ:部員20名で練習相手もいない離島……!そんな環境から、一体どうやって練習や大会に挑んでいたんですか?
池間:県大会に行くにも、まず伊良部島から宮古島本島まで船で片道15〜20分(当時は400円でした)かけて渡り、そこから車で空港に行って飛行機に乗るという大移動でした。それでも西原高校みたいな本島の強豪校がいる中で必死に練習を重ねて、僕たちの代で宮古島勢として初めて「春の高校バレー(春高バレー)」の全国大会出場を決めることができたんです!高校で2回、大人になってからも10年間、沖縄県代表として国体にも出させてもらいました。
イ:宮古島勢初の春高バレー出場に、国体10年選出!?凄まじい実績じゃないですか!大学時代もバレー中心の生活だったんですか?
池間:そうですね、沖縄国際大学の福祉科に通いながらバレーを続けていました。あ、大学時代のアルバイトでローソンをやっていたんですけど、給料平均4,000円くらいで、シフトに入るたびに人も売ってる商品もガラッと変わるような面白い現場だったのを覚えています(笑)。カフェのバイトもやりつつ、福祉とバレーに明け暮れた青春時代でしたね。
【葛藤と覚悟】介護職10年からの転身、人脈ゼロ・資金ゼロ・コロナ禍での泥臭い起業劇
イ:大学卒業後は、どのようなキャリアを進まれたのでしょうか?そこから現在の「フリムーン船長」に至るまでのターニングポイントが気になります!
池間:大学卒業後は、実業団チームがある「徳洲会病院」に所属して、バレーボールの選手をしながら介護職として10年間働きました。日中は介護の現場で働き、練習や試合に出るという生活です。ただ、28〜29歳の頃に大きな葛藤が生まれたんですよ。「いつかバレーを引退した時、子どもたちに胸を張って『お父さんはこんな格好いい仕事をしてるんだぞ!』と言えるだろうか?」ともぞもぞ悩むようになって。
イ:アスリートとしてのセカンドキャリアや、自分の人生の生き方に対する葛藤ですね。そこからどうやって起業へと動き出したのですか?
池間:決定的な出会いが2つありました。1つ目は2018年6月26日、地元伊良部島を20歳で離れて沖縄市で建築会社を経営されている宮古出身の70代の社長さんとの出会いです。「現状を変えたい、起業したい」と1年ほど相談に乗ってもらっていたんですが、僕の31歳の誕生日にその社長に呼び出されまして。「お前は本当に何がしたいんだ?」と聞かれたんです。そこで僕が「海の事業をやって、漁師をしている宮古の親父と仕事で絡みたいです」と答えたら、社長が間髪入れずに「じゃあ明日、仕事を辞めろ!」って言ったんですよ(笑)。
イ:えぇぇーっ!?「明日辞めろ」ですか!?誕生日のお祝いどころか究極の背中押しですね!
池間:ヤバいですよね(笑)。でも僕も素直というか勢いがあったので、本当に翌日職場に退職の相談に行きました。実際の退職は引き継ぎやコロナ禍もあって2021年1月(33歳の時)になったんですが、その社長は僕のために事務所まで融資して建ててくれたんです。ちなみに2つ目の転機は2024年6月のユタさんとの出会いだったんですが、とにかく人のご縁で道が開かれていきました。
イ:事務所まで建ててくれるなんて、千晴さんの熱意が社長の心を動かしたんですね!でも、起業当時はちょうどコロナ禍真っ只中ですよね?ご家族の反応や資金面での苦労はなかったんですか?
池間:もう苦労どころの話じゃなかったですよ!人脈ゼロ、知識ゼロ、資金ほぼゼロ。しかも新築で家を建てたばかりで住宅ローンがあり、子どもも4人いましたから(笑)。周りからは「コロナ禍で未経験のマリン事業なんて大丈夫か?」と相当心配されていたみたいです。妻には「辞めるなら1年経ってからにしたら?」と言われつつ、僕のエネルギーが強すぎて突っ走ってしまいました。
イ:住宅ローンに子ども4人、コロナ禍で知識ゼロ・資金ゼロからのスタート……!想像絶するプレッシャーですね。最初の数年間はどのように乗り越えたのですか?
池間:2021年から2024年までの3年間は、本当にお金がなくなっては借りて返済するという日々でした。最初の1年はマリン一本で勝負したんですが、あまりの資金難に2022年には一度介護職の「夜勤」だけ復帰してお金を稼ぎに戻ったんです(笑)。そこから2023年に小さく事業を多角化しようと決め、北部のホテルの清掃下請けを開始し、2024年には宮古島へ清掃事業を進出させることができて、少しずつ事業が軌道に乗って浮上してきました。
【現在の仕事】マリン・清掃・バレー指導――「人の居場所と環境」をつくる快感
イ:夜勤で介護に戻りながら泥臭く踏ん張って、そこから見事なV字回復を果たされたのですね!ところで番組冒頭から気になっていたのですが、「合同会社フリムーン船長」というインパクト抜群の社名はどこから生まれたのですか?
池間:あはは!最初は親父の船の名前をもらって「マリンサービス海里丸」という名前でスタートしたんです。でも、コーチングの塾に半年間通って自分の過去と未来を深掘りしていた時に閃いたんですよ。僕の過去って「アホ(お調子者)」で余興が大好きで人を笑わせるのが大好きな部分がある。一方でバレーのキャプテンとして真面目で責任感がある部分もある。この責任感のある「船長」と、沖縄方言で愛されるアホを意味する「ふりむん」を掛け合わせたら、「アホな船長がいたらめちゃくちゃ面白い未来になるんじゃないか!」って急に降ってきたんです(笑)。
イ:半年間考え抜いて出てきた答えが「ふりむん」!最高のネーミングですね(笑)。認知度も一気に上がったんじゃないですか?
池間:めちゃくちゃ上がりました!名刺を渡すと「ふりむん船長って書いてありますけど何ですか!?」って絶対ツッコまれますし、一発で覚えてもらえるので変えて大正解でしたね。
イ:現在、千晴さんは「マリン事業」「施設管理・清掃事業」「バレーボール指導」という3つの大きな柱を運営されていますが、現在の仕事の魅力や一番のやりがいは何ですか?
池間:起業したばかりの頃は、マリン事業で一眼レフやドローン、360度カメラを駆使して映像を作り、お客様が感動して喜んでくれる姿を見るのが最高のやりがいでした。でも今は、3つの事業すべてに共通して「人のために環境や居場所を作ってあげること」に一番のやりがいを感じています。
イ:人の環境や居場所づくり、ですか!もう少し具体的にお聞かせいただけますか?
池間:例えば宮古島や北部のホテル清掃事業では「10時から15時の短時間で働きたい」という主婦の方や地元の方々がたくさんいらっしゃいます。そうした人たちが生き生きと働けてしっかりお給料が得られる環境を作ること。そしてバレーボールでは、ニライ地区(読谷・嘉手納・北谷)の中学生向け地域クラブ「ニライOKINAWA volleyball School」を立ち上げて、子どもたちが本気で汗を流せる場所を作ることです。自分が作った環境で、スタッフや子どもたち、地域から「100%必要とされている」と実感できることが、今の僕にとって最高の幸せですね!
イ:素晴らしいですね!ちなみに千晴さんご自身も、今でもバレーボールの現役選手としてバリバリ動かれていると伺いました!
池間:そうなんです!現役時代75kgだった体重が今は93〜94kgまで増えたんですが、痩せるんじゃなくてこの体型に動きを最適化させました(笑)。今年の7月に開催された社会人の全国大会では全国4位になりましたし、11月の沖縄県民スポーツ大会では宮古島市チームの監督兼選手として出場します。高校生と試合しても余裕で勝てますよ!指導者として技術や心を分解して教える面白さが、会社の組織マネジメントにも最高の相乗効果を生んでいます。
【試練と突破口】転覆寸前の恐怖と部活地域移行の壁を乗り越えて
イ:全国4位の現役プレーヤーでありながら経営者・指導者……凄まじいバイタリティです!一方で、こうしたお仕事ならではの大変さや壁を感じる瞬間はどんな時でしょうか?
池間:マリン事業で言えば、海は最高に楽しい反面、命に関わる安全管理と天候のリスクが常に隣り合わせであることです。実は昔、僕一人で海に出ている時に水上バイクのエンジンが止まって船内にどんどん水が入ってきて、もう少しで転覆・遭難しそうになったことがあったんですよ。
イ:えぇぇ絶体絶命じゃないですか!一人で海上での浸水・転覆の危機……考えただけで恐ろしいです。
池間:本当にめちゃくちゃ焦りました。その時はたまたま運良く近くに助けが来て救助されたんですが、海の怖さと責任の重さを死ぬほど痛感した瞬間でしたね。それ以来、安全対策には何重もの警戒を払っています。
イ:本当にご無事でよかったです……!では、現在情熱を注がれているバレーボールクラブの運営での大変さや壁はいかがですか?
池間:今まさに国が進めている「中学校の部活動の地域移行」の境目にいるので、そこが一番の壁ですね。先生方の負担軽減のために地域クラブ化が進んでいるんですが、学校や行政はルールに沿って動く必要があります。放課後の体育館使用枠(大人枠の19:30〜20:00以降など)の確保や、学校・行政・保護者・子どもたちとの連携など、ルール外の新しい仕組みをどうスムーズに作っていくか、日々役場や学校に足を運んで調整に奮闘しています。
【価値観・哲学】「やりたい!」の熱量を引き出すモットーと海でリセットする生き方
イ:制度の過渡期だからこその苦労ですね。そうした数々の壁を乗り越える中で、千晴さんが仕事や人生で「これだけは譲れない」と大切にしているモットーや価値観は何ですか?
池間:相手の「やりたい!やってみたい!楽しそう!」という自発的な言葉を大切にし、どうすれば相手のエネルギーが上がるかを常に考えることです。マリンのお客様が何を求めているのか、バレーの子どもや親御さんがどんなクラブを作りたいのか、清掃のスタッフさんがどう働きたいのか。相手の気持ちに寄り添って、関わる人のエネルギーを最大化することが僕の軸ですね。
イ:どこまでも相手ファーストで、人の熱量を引き出すことを大切にされているんですね。仕事で壁に行き詰まったり悩んだりした時、千晴さんが立ち返る指針やリセット方法はありますか?
池間:信頼できる相談相手に話を聞いてもらうことと、あとはやっぱり「海に行くこと」ですね!不安や葛藤を抱えたままでも、海に身を置くと不思議と気持ちがリセットされてフラットに戻れるんです。親父やおじいと過ごした伊良部島の海のエネルギーが、僕の原点であり癒やしですね。
イ:伊良部の海が千晴さんのエネルギーの源なんですね!ちなみに、千晴さんの考え方や生き方に強い影響を与えた本や人物はいらっしゃいますか?
池間:起業前後に『成功の9ステップ』や『7つの習慣』著者であるジェームス・スキナーさんの考え方にものすごく影響を受けました。実は僕、あまり本を読むタイプではないんですが、ジェームス・スキナーさんの音声CDを車の中で擦り切れるほどずっと聴き込んでいた時期があって。今でも壁にぶつかった時、彼の言葉がふっと頭に浮かんできて背中を押してくれますね。
【未来の展望】海のそばに「IKEMAらしい学校」をつくる!8年後の大きな挑戦
イ:ジェームス・スキナーのCDを車で聴き込む情熱!まさに思考が行動を作ってきたのですね。過去から現在までのお話を伺ってきましたが、ここからは千晴さんが描く「未来」についてお聞きしたいです。今後挑戦したい大きな夢や目標はありますか?
池間:叶うかどうかはまだ分からないですが……8年後に「IKEMAらしい学校」を設立することです!
イ:学校ですか!?既存の小・中学校のような学校でしょうか?
池間:いえ、既存の学校とは違った新しい形の学び場です。海のすぐそばに大きな施設があって、そこが子どもたちのスポーツクラブの拠点であり、宿泊施設(ホテル・ヴィラ)でもあり、マリンスポーツで海を楽しめる場所でもあり、大人のリトリートやコーチング、福祉も融合した「一つの集落」のような場所を作りたいんです。
イ:海が目の前に広がる複合型の学び場!まさに「青年の家」の豪華版というか、大自然と学びが融合した理想のキャンパスですね!
池間:そうなんです!全国から部活動や会社の研修で合宿に来て、ガッツリスポーツや学びを深めつつ、海で遊んで息抜きもできる。チャイムが鳴ったり校歌があったりする学校のワクワク感や疑似体験も残しながら、子どもも大人も成長できる空間を作りたい。その夢に向けて、今行政との関わりやコーチングスキル、宮古島での宿泊・設備管理の実績を一つひとつ積み上げている最中です!
【メッセージ】「まずは動け!」一歩を踏み出したい若い世代へ贈るエール
イ:子どものようなワクワクと圧倒的な実行力が詰まった最高の夢ですね!ぜひ実現してほしいですし、心から応援しています!それでは最後に、進路や将来に悩み、一歩を踏み出せずにいる子どもたちや若い世代に向けて、メッセージやアドバイスをお願いできますか?
池間:僕自身の経験からアドバイスを送るなら、「あれこれ考える前に、まずは動いてみろ!」ということです。僕も人脈ゼロ・資金ゼロで不安だらけでしたが、とりあえず行動してみたことで何度も道が開けてきました。自分の中に「やってみたい!」というワクワクした熱量があるなら、まずは周りに口に出して言ってみる。一人で抱え込まずに、仲間になりそうな人に相談から始めてみる。完成された形になるのを待つのではなく、まず一歩踏み出すことが一番大切です!
イ:胸に刺さる温かくも力強いエールをありがとうございます!ちなみに、現在千晴さんが力を入れられていて、リスナーの皆さんにぜひチェックしてほしい活動や告知はありますか?
池間:はい!現在僕が熱情を注いでいる中学生向け地域バレーボールクラブ「ニライOKINAWA volleyball School」の活動をぜひ知っていただきたいです!読谷・嘉手納・北谷のニライ地区の子どもたちが集まり、沖縄一・全国大会を目指して嘉手納を拠点に日夜練習に励んでいます。また、ネーブルカデナ裏に新設される新体育館などで年に2〜3回、子ども向けのバレーやスポーツイベントを開催していきます。
イ:嘉手納を拠点に全国を目指す「ニライOKINAWA」!熱いですね!その活動やイベント情報はどちらで確認できますか?
池間:公式Instagramで日々の活動やイベント情報を発信していますので、ぜひフォローして子どもたちの挑戦を応援していただけたら嬉しいです!また、海中道路でのマリンスポーツや宮古島での活動も発信していますので、ぜひチェックして遊びに来てください!
イ:素晴らしいお話をたくさん聴かせていただき、本当にありがとうございました!本日のゲストは、合同会社フリムーン船長代表の池間千春さんでした!千晴さん、ありがとうございました!
池間:こちらこそ、本当にありがとうございました!
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