番組概要
NPO法人Mirai Kanaiがお届けするラジオ番組「ミラクルモンスター(通称:ミラモン)」。この番組では、ユニークな経歴や珍しいお仕事をしている方をゲストにお招きし、その道のりや哲学、情熱の源泉を深く掘り下げます。単なる仕事紹介に留まらず、多様な大人の生き様を伝えることで、これからの未来を担う若者たちへ「キャリアの選択肢は無限にある」という希望を届けるキャリア教育メディアを目指しています。
本日のゲスト紹介
鉢嶺宗太(はちみね むねひろ)さん 肩書き: 元保育士 × DJ(DJ SOSSOI) 25年にわたり保育・教育の現場で子どもたちと向き合い続けてきたベテランであり、同時に「DJ SOSSOI」として26年間レコードを回し続ける音楽家。
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ゲストプロフィール
1976年式、沖縄県読谷村出身。夢も希望もなかった青年時代、震災ボランティアでの「出稼ぎ」を機に、困っている人を助けたいという想いが胸に宿る。読谷村初の男性保育士として、まだ資格名が「保母」だった時代に道を切り拓き、25年間現場を走り抜けた。その傍ら、独学でDJとしての腕を磨き、保育士とDJという二草の草鞋を履きこなす。2024年、突如脳梗塞に襲われ死の淵を彷徨うも、ChatGPTの助言と仲間の支えにより後遺症なく生還。「人生の後半戦、再構築中」を掲げ、50歳から再び「かっこいい親父」としての背中を世に見せるべく動き出している。
インタビュー本編
1. 【九死に一生】スマホが持てない?深夜の異変とChatGPTが救った命
イ(インタビュアー) :宗太さん、今日はお越しいただきありがとうございます。まずは2024年6月末に経験されたという、壮絶なエピソードから伺わせてください。
鉢嶺 :よろしくお願いします。あの夜のことは今でも鮮明に覚えています。自宅で晩酌を楽しんでいたんですが、ふとした瞬間に左半身がふわっと軽くなるような、妙な脱力感があったんです。「疲れてるのかな」と思って寝床に入り、いつものようにスマホを見ようとしたんですが……左手でスマホが支えられないんですよ。ポロッと落ちてしまう。
イ :それは、ただの疲れとは思えない異変ですね。
鉢嶺 :そうなんです。でも、僕はどこかで油断していました。自分は食育のアドバイザー資格も持っていて添加物にも気をつけているし、毎日運動も欠かさない。「酒を飲んで朝まで遊んでいる奴らに比べれば、俺は無敵だ」という根拠のない自信があったんです。でも、そのブランブランになった腕を見て、ふと枕元のChatGPTに症状を打ち込んでみました。「左手足に力が入らないんだけど、これなぁに?」って。
イ :ChatGPTは何と答えたんですか?
鉢嶺 :即答でしたね。「明らかに脳の異常がある状態です。脳梗塞の疑いがあります。今すぐ救急車を呼んで受診してください」と。それでも僕は「まさか」と思って一度寝たんですが、朝起きると状況はさらに悪化していました。トイレに行こうにも、びっこを引くレベルではなく、左足に全く力が入らずに引きずってしまう。そこからが大変でした。
イ :すぐに受診されたのでしょうか。
鉢嶺 :実はちょうど仕事を辞めた直後で、保険証の切り替えが間に合っておらず、手元になかったんです。「病院に行ったら実費で何万かかるんだ」という不安が頭をよぎりました。でも妻が「状況が状況だから」と背中を押してくれて。結局、救急を受け入れてくれる病院を探して4箇所も転々とし、ようやく「ラクナ梗塞」という診断が下りました。脳の深いところにある毛細血管の詰まりです。
イ :一歩間違えれば、命に関わっていましたよね。
鉢嶺 :医者には「本当に運が良かった」と言われました。もしあのまま一人で屋外作業でもしていたら、パタッと倒れて誰にも気づかれず亡くなっていたかもしれない。ChatGPTの警告と、家族の決断。それがなければ、僕は今ここで笑っていられませんでした。
2. 【キャリアの原点】「食いっぱぐれない」から始まった福祉の道と神戸での震災ボランティア
イ :その後25年も続く保育士人生ですが、意外にも始まりは「夢がなかった」とか。
鉢嶺 :そうですよ。高校卒業時はやりたいこともなくて、とりあえずバイト生活。そんな時、周囲から「これからは福祉の時代だ。資格があれば食いっぱぐれないぞ」と言われ、「じゃあやってみるか」という軽い気持ちで専門学校へ進みました。不純な動機ですよね(笑)。
イ :そんな宗太さんの心が「本気」になった瞬間はどこだったんですか?
鉢嶺 :入学前の一年間、阪神・淡路大震災の復旧作業にボランティアとして行ったんです。正直、学費を稼ぐための「出稼ぎ」という側面もありましたが、現地で見た光景に言葉を失いました。
イ :被災地のリアルな姿を目の当たりにされたのですね。
鉢嶺 :はい。「こんなに困っている人が目の前にいる。自分にできることはないか」と。その経験が、僕の心の中で「ギュッ」と固まった。誰かを助けたい、役に立ちたいという想いが決定打になり、福祉保育科の門を叩きました。結局、授業の9割が保育内容で「福祉じゃないのかよ!」と驚きましたが、それもまた運命でしたね。
3. 【保育の現場】読谷村初の男性保育士として駆け抜けた25年間の誇り
イ :四半世紀にわたるキャリア。読谷村で初めての「男性保育士」としての苦労も多かったのでは?
鉢嶺 :当時はまだ「保育士」ではなく、資格証の名称も「保母」でしたから。周囲の視線も珍しいものを見るようでしたよ。でも僕は四人兄弟の長男で、昔から親戚の子どもの面倒を見るのが日常でした。「男の先生がいたっていいじゃないか」というフロンティア精神というか、プライドはありましたね。
イ :現場で25年間、何を一番大切にされてきたのでしょうか。
鉢嶺 :保育園、幼稚園、学童……。場所は変わっても、「子どもと一緒に自分も楽しむ」という姿勢は変えませんでした。親御さんたちと信頼関係を築き、子どもの成長を共に喜ぶ。その積み重ねが25年という月日になった。今の自分を作ったのは、間違いなくあの子どもたちとの時間です。
4. 【DJ SOSSOIの誕生】モテたい一心でレコードを掘り続けた、独学の音楽修行
イ :一方で、DJとしてのキャリアも26年。こちらのきっかけは?
鉢嶺 :20歳の頃ですね。理由はこれまた不純で、「モテたかったから」です(笑)。当時はクラブ文化が熱くて、ブースに立つDJが最高にかっこよかった。
イ :当時はYouTubeも教則本もない時代ですよね。どうやって学んだんですか?
鉢嶺 :完全に「盗み見」です。DJブースの前に張り付いて、先輩の手元を3時間も4時間も、瞬きもせずに観察し続けました。機材も信じられないほど高くて。
イ :当時の保育士のお給料からすると、かなりの出費だったのでは……。
鉢嶺 :当時の手取りは9万円、良くて9万8,000円。週6で朝夕働いて10万円いかない時代です。でも1台15万円するターンテーブルを、半年かけて必死に貯めて1台買い、また半年かけてもう1台買う。1枚700円のレコードを悩み抜いて選ぶ。あの執念は、今思うと凄まじかった。低賃金でも「好き」を貫くエネルギーだけは誰にも負けませんでした。
5. 【不変の価値観】空手で学んだ「礼」と、子どもを一人格として敬う姿勢
イ :宗太さんの根底にある、「人に対する接し方」の美学を教えてください。
鉢嶺 :それは「敬う」ことです。僕は長年空手をやってきましたが、武道の世界には「礼に始まり礼に終わる」という言葉があります。それが僕のベースです。
イ :その精神は、子どもたちに対しても同じですか?
鉢嶺 :もちろんです。子どもだからといって下に見ることは絶対にしません。1歳児でも100歳のお年寄りでも、一人の対等な人間として敬意を持って接する。相手の気持ちを尊重し、人格を重んじる。この「フラットな人間観」こそが、保育でもDJでも、僕が最も大切にしてきたルールです。
6. 【葛藤と壁】時代の変化に伴う保育の制約と、DJプレイで味わった「滑る」恐怖
イ :長く続けてこられたからこその「壁」もあったかと思います。
鉢嶺 :保育の現場では、時代の変化による制約に苦しみました。言葉がけ一つに過度な制限がかかり、本当に子どもたちの心に届く教育ができているのか。自分の理想とする「温かい保育」と現実のルールの間で、何度も葛藤しました。
イ :DJの世界での「壁」はいかがですか?
鉢嶺 :DJはもう、常に恐怖との戦いですよ。一番怖いのは「滑る」瞬間。自分のプレイでフロアから波が引くようにお客さんがいなくなる。あの一瞬の静寂は、何度経験しても震えます。
イ :その恐怖をどうやって克服するのでしょう。
鉢嶺 :それは「釣り」と同じなんです。この曲(餌)はダメか、じゃあ仕掛けを変えてみよう、と。相手の反応を見て即座にアプローチを変える。この「駆け引き」の面白さは、ビジネスでも教育でも共通する本質だと思います。失敗を恐れず、次の手を投じ続けるだけです。
7. 【未来への展望】家族への恩返しと、50歳から再構築する「かっこいい親父」の背中
イ :病を経て、今、新たな挑戦を始めようとされていますね。
鉢嶺 :はい。入院中、ワンオペで家事と育児をこなしながら僕を支えてくれた妻の姿を見て、「早くこの人を助けたい、恩返しをしたい」と強く思いました。そして何より、家で寝ている姿ではなく、生き生きと働き、レコードを回す「かっこいい親父」の背中を子どもたちに見せたい。
イ :50歳という節目を、どう捉えていますか?
鉢嶺 :人生の折り返し地点です。病気をした時、正直「もういいかな」と諦めかけたこともありました。でも、仲間たちが「待ってるよ」「また遊ぼうぜ」と声をかけてくれた。自分一人では立ち上がれなかった。人との繋がりがあったから、今の僕がある。だからこそ、ここからまた新しく自分を再構築していく。その一歩として、最近YouTubeも始めたんです。
イ :最後に、未来に悩む若者たちへメッセージをお願いします。
鉢嶺 :人との繋がり、縁を大事にしてください。そして、一日一日を後悔のないように。一歩ずつでいい、やりたいことに挑戦してほしい。50歳の僕がYouTubeを始めるんだから、皆さんにできないことはないはずです。何事もやってみなきゃわからない。一緒に、面白い未来を作っていきましょう!
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